ドキュメンタリー『東洋の魔女』

#100%#フランス#オリンピック#ドキュメンタリー

エンタメNEWS2021年11月3日6:00 PM

フランス人監督によるドキュメンタリー映画『東洋の魔女』12月11日より全国順次公開 (C)UFO Production (C)浦野千賀子・ TMS

 1964年の東京オリンピックで金メダルに輝いた女子バレーボール・チームを追ったドキュメンタリー映画『東洋の魔女』(原題: Les Sorcieres de l’Orient)が12月11日(土)より、渋谷ユーロスペース(東京)ほか全国で順次公開される。

【動画】ドキュメンタリー映画『東洋の魔女』予告編

 2021年夏、2度目の東京オリンピックが開催された。その57年前の1964年10月。高度経済成長を間近に控えたこの時期に、戦後復興の象徴として日本で最初のオリンピックが開催された。柔道、体操、レスリング、次々にメダルを獲得していく日本人の姿を見て、国民たちは熱狂した。

 なかでも、圧倒的な実力を見せたのが女子バレーボール代表だった。日本チームを率いるのは、インパール作戦に従軍し、死地を潜り抜け奇跡の生還を果たした大松博文、通称「鬼の大松」。メンバーの大半は紡績工場で働く工員で、連日深夜まで大松による徹底的な特訓を受ける生活を送り、次第に世界から「東洋の魔女」と恐れられるようになった。

 彼女たちはオリンピックでも圧倒的な強さで勝ち進み、決勝で最大のライバル・ソ連代表と相まみえた。彼女たちは秘密兵器「回転レシーブ」を武器に、圧倒的な体格を誇るソ連代表を追い詰めていく。そして、全国民が固唾を呑んで見守るなか、その時が訪れた。

 1964年10月23日20時55分、世紀の金メダルポイント――この時、日本の人口は約1億人。さらにはミッチー・ブームの影響もあって白黒TVの普及率がピークに達し、87.8%もあった。最も驚くべきはTV視聴率であり、ソ連戦の最高視聴率は95%、平均しても66.8%に達していたと言われている。この勝利は、まさに当時の日本国民全員が目撃した瞬間であり、戦争の影を引きずる日本に再び自信と誇りをもたらしたのだった。

 その熱狂はその後、空前のママさんバレー・ブームを引き起こし、『アタックNo.1』や『サインはV!』をはじめとする、「スポ根」ジャンルの興隆へとつながっていった。そんな彼女たちも今や80代に差し掛かっている。「魔女」、「スパルタ」、「鬼の大松」…仰々しい言葉とともに語られてきた彼女たちが、自らの口で、その思い出を語り始める。

 監督は、『オリンピア52についての新しい視点』(2013年)や『完璧さの帝国』(18年)といったフッテージ・ドキュメンタリーで高い評価を得てきたフランスの奇才ジュリアン・ファロ。撮影は、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』(04年)などで知られるカメラマン・山崎裕。

 市川崑の『東京オリンピック』(1965年)からカンヌ映画祭グランプリ作品『挑戦』(63年)、さらにはアニメ『アタックNo.1』(69年~71年)、戦後日本の風景までをふんだんに織り交ぜ、単なるノスタルジーに収まらない新たな「東洋の魔女」像を浮き彫りにしていく。「東洋の魔女」が真に成し遂げたものとは何だったのか? 何故あれほどまでに、日本は彼女たちに熱狂したのか? その秘密が今、解き明かされる…。

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