デビューは女優!? 意外な同期!? デビュー40周年で改めて注目 「松田聖子」トリビア

#矢野顕子#アルバム#鈴木雅之#岩崎良美#三浦徳子

タレメREPORT2020年9月29日4:15 PM

1980年にデビューし、一躍国民的アイドルとなった松田聖子さん。

今年デビュー40周年イヤーを迎え、テレビ出演など動きが活発に。記念アルバムの発売も話題になっています。今回は、そんな聖子さんの意外と知られていないトリビアを紹介します。

1 デビュー前にはあのビッグオーディションに落ちた経験も

松田聖子さんがデビューに至る直接のきっかけは「ミス・セブンティーン」オーディションに出場したことでした。

ですが小学生の頃から歌手に憧れていたという聖子さんはそれ以前にもオーディションを受けていた経験があるようです。

まず当時大人気だった日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』に応募、一次審査で落選したといいます。ほかにも『ホリプロ タレント スカウト キャラバン』の九州大会や、テイチクレコードの新人オーディションにも参加するものの、本選まで進むことなく落選しています。

のちの大スター・聖子さんにも悔し涙を流したであろう時代もありました。

 

2 最初から「松田聖子」ではなかった ボツになったもう一つの芸名候補とは?

 

聖子さんはデビューにあたって芸名で活動することになりますが、実は「松田聖子」に決まる前に、事務所のスタッフが用意した別の芸名の候補があったといいます。それは「新田明子」。

ですが聖子さん自身が気に入らず、第2候補の「松田聖子」に決定したといいます。今思えば「新田明子」だと、あまりに一般的というか、スター性が希薄で、もしかしたらのちの歴史は変わっていたかもしれません。

 

3 デビューはドラマが先!? キスシーンのお相手はなんと…

 

これはファンの間では有名ですが、聖子さんが1980年4月に『裸足の季節』で歌手デビューする前年の1979年、ドラマ『おだいじに』(日本テレビ系)に出演しています。

このドラマには本名の蒲池法子で出演していますが、役名がのちに芸名となる「松田聖子」でした。

本作には、近年では“ローカル路線バス乗り継ぎの旅”で人気者、当時同じ事務所だった太川陽介さんと共演。なんとその太川さんとキスシーンも経験しました。

 

4 あの人気俳優や副大臣も!? 意外な同期

 

聖子さんがデビューした1980年はアイドルの当たり年と言われ、河合奈保子さん、岩崎良美さん、柏原芳恵さんら多数の女性アイドルがデビューしています。

男性ではジャニーズ(当時)の人気者・田原俊彦さんがスターになりました。

田原さんのブレイクのきっかけは前年から出演していたドラマ『3年B組金八先生』(TBS系)ですが、その『金八先生』に出演していた三原じゅん子さん(当時・三原順子)も、聖子さんと同年に歌手デビューしています。

今や厚生労働副大臣となった三原さん。当時は可愛い子路線の聖子さんと対照的な、ツッパリアイドルキャラで人気でした。

その他アーティスト系では、“ラブソングの王様”と呼ばれる鈴木雅之さんが、シャネルズのメインボーカリストとしてデビュー。

聖子さん同様、40周年イヤーの企画を展開しています。のちに聖子さんに楽曲提供することになる佐野元春さんも同期デビューです。

また同じレコード会社「CBS・ソニー」(現 ソニー・ミュージックレコーズ)の同期が、大友康平さん率いるバンド・HOUND DOG。

もともと会社の一押しだった彼ら、デビュー当初は社員の電話の挨拶が「HOUND DOGのCBS・ソニーです」だったのが、聖子さんのブレイク後には「松田聖子のCBS・ソニーです」に変わったというエピソードも。

また俳優界に目を向けると、佐藤浩市さんがデビューしたのがこの年。翌年映画『青春の門』で注目を集めました。デビュー当初は、三國連太郎さんの息子として、“2世タレント”ブームのはしりになった佐藤さん、今では独自の地位を築き、若い人には佐藤さんが2世俳優だと知る人は多くないかもしれません。

 

5 J-POPの人気者が続々楽曲を提供 あのTKも

 

松田聖子さんの楽曲といえば、デビュー当初は、大半の曲で作詞を三浦徳子さん、作曲を小田裕一郎さんのコンビが務め、2年目からはその後の聖子さんのヒット曲の多くを担当する松本隆さんが作詞で参加、一方作曲は財津和夫さん、松任谷由実さん(呉田軽穂のペンネームで)、細野晴臣さん、大瀧詠一さんといった人気アーティストたちが主に作曲を担当していました。

それ以外にも意外と知られていませんが、こんなアーティストも聖子さんに楽曲提供しています。

まずロックバンド“甲斐バンド”のボーカリストとして人気だった甲斐よしひろさんは1983年のアルバム『ユートピア』で『ハートをRock』と『赤い靴のバレリーナ』を、1985年のアルバム『The 9th Wave』にも『す・ず・し・い・あ・な・た』を提供しています(本名の「甲斐祥弘」名義)。

その『The 9th Wave』では、矢野顕子さんが『両手のなかの海』を提供。矢野さんは前作オリジナル・アルバムの『Windy Shadow』でも『そよ風のフェイント』を提供しています。

また小室哲哉さんは、1987年のアルバム『Strawberry Time』の収録曲『Kimono
Time』を提供しています。

当時は小室さんがTMネットワークのメンバーとしてブレイクしたばかりのころです。1980年代後半の聖子さんは、ほかにも玉置浩二さん、徳永英明さん、大沢誉志幸さん、米米クラブなど、当時旬のJポップアーティストが楽曲提供するケースが多かったです。

 

文/田中裕幸

 

※1、2参考文献:中川右介著『松田聖子と中森明菜 一九八〇年代の革命』[増補版]朝日文庫、2014年

 

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