中西圭三「ぼよよん行進曲」秘話
エンタメNEWS2026年8月27日10:00 AM
中西圭三
1990年代に「Woman」や「You And I」をヒットさせた中西圭三が、61歳の今年、デビュー35周年を迎えた。9月13日にキャリアの集大成となる記念コンサートを行う。卓越したメロディメーカーとして、ZOOからEXILEと歌い継がれた「Choo Choo TRAIN」やブラックビスケッツの「Timing」なども作曲。2000年代には『おかあさんといっしょ』で「ぼよよん行進曲」など童謡も手掛けた。35年を振り返ってもらいながら、ブラスやストリングスも含めた15名編成のバンドで臨む今回のコンサートについて聞いた。(取材:斉藤貴志)
■なぜマンホールから出てきたのか(笑)
――35年前のデビュー曲「タンジェリン・アイズ」のMVでは、マンホールから姿を現していました。
中西 当時は特に何も考えず撮っていましたけど、最近YouTubeで改めて観ると、なぜマンホールから出てくる展開なのか、不思議な感じもします(笑)。でも、これも運命づいているというか、最近いろいろな街でマンホールの写真を撮っていたんです。帰巣本能でマンホールに帰ろうとしているのか? と冗談めかしながら(笑)、しみじみと観ています。
――CDのジャケット写真は、花束を抱えてさわやかでした。のちに都会的なR&Bのイメージを強めた中西さんですが、最初はどんな売り出し方で行くとか、あったんですか?
中西 マンホールから出てきて、三枚目な感じだったと思います。歌詞の世界も失敗しながら健気に頑張るスタンスで、そういうキャラクターとしての描かれ方はされていたようです。自分で健気と言うのもナンですけど(笑)。
――音楽的にはやりたいことができていました?
中西 そうですね。興味の幅がすごく広くて、1枚目のアルバムではフォーキー、ダンサブル、ポップ……とあって。その中から、たくさんの方に聴いてもらえるような楽曲も生まれていきましたけど、世の中のイメージ以上に自分にはやりたいことがいっぱいあると、色濃く出たアルバムでした。
■曲作りを始めたのはプロになってから
――デビューした91年には、ZOOに「Choo Choo TRAIN」も提供されていますが、作曲を始めたのはその2年ほど前だったとか。
中西 大学の音楽サークルの卒業コンサートで記念にオリジナルを作ったくらいで、事務所に所属してプロになってから曲作りを始めたという、不思議な経歴です(笑)。大学の先輩の池田聡さんみたいに歌えて曲も作れるようになりたいと、プロデューサーに言ったら「じゃあ、書いてこい」となって。
――音楽理論から学んだんですか?
中西 このコードにこんなメロディ、みたいなことは教わらず、頭に浮かぶままの感覚だけです。ただ、音楽の歴史は繰り返し受け継がれる、という発想に共感しました。カバーだったりエッセンスだったり、楽曲が時代の変遷で生まれ直す。そう学んだことは今に繋がっています。
■時代の変わり目の音楽に立ち合えて
――デビュー前から作曲家活動をされていて、「Choo Choo TRAIN」もその流れで?
中西 時代の変わり目というところもありました。今言ったようにモータウン、フィラデルフィア、そこからコンテンポラリーが続いて、あの頃のダンスミュージックは楽しかった。僕は特に、フィラデルフィアの弦が入ったゴージャスなサウンドが大好きだったんです。そんな80年代の終わり頃、ミネアポリス発のムーブメントで、突然跳ねるリズムが誕生して。ニュー・ジャック・スウィングと呼ばれるもので、リズムと音楽とダンスが合わさって吹き上がる瞬間に、立ち合えているワクワクがすごくありました。
――振り返って学んだ音楽とは違い、その渦中にいて。
中西 この音楽をどうしてもやりたい。そこでZOOとのタイムリーな出会いがありました。自分は踊れないけど、心を踊らす音楽を彼らがダンスで表現してくれる。そういう状況が時代とピタッとマッチしたのは、奇跡的だった気がします。
■「Woman」はアルバムの1曲のはずが
――デビュー2年目の92年には、中西さんの3rdシングル「Woman」がヒットしました。
中西 「Woman」は2枚目のアルバムに入れる曲として、全体の中でこんなのもあればいいなと作って、シングルにするとか一切狙っていませんでした。それが「Choo Choo TRAIN」が大ヒットした影響で、急きょタイアップが決まったんです。
――多くのヒットを生んだ「カメリアダイアモンド」のCMソングになりました。
中西 クライアントのほうから、“女性輝く”というテーマにする提案があって、売野(雅勇)さんが歌詞を全部書き直してくれました。期せずしていただいたタイアップでしたけど、『Yell』というアルバムで、誰かの背中を押してあげる象徴のような曲になって、これも運命を感じました。
――翌年にも「You And I」が二度目の「カメリアダイアモンド」CMソングになり、またヒットしています。
中西 実は「Woman」より先にできていたんです。プロデューサーに「いい曲が10個できたらアルバム」と目の前にニンジンをぶら下げられて、生まれた中の1曲でした。そうやって作り溜めた曲で3rdアルバムの『Steps』がデビューからの集大成になって、名誉あるチャート1位をいただきました。
■ポップスの市場がすごかった時代
――生みの苦しみがあった曲もなかったですか?
中西 その後はずっと苦しみでした(笑)。瞬発力で曲を作ってきましたけど、ストックがたくさんあったわけでなく、名前を知られた分、ハードルが上がってプレッシャーもあって。追われるような時間だったかもしれません。戦いの真っ只中でICE BOXのプロジェクトも始まり、刺激もたくさん受けました。忙しくて追い詰められながらも、楽しくやろうと気持ちを転換できたかなと思います。
――総じて90年代、平成はアーティストにとって幸せな時代でしたか?
中西 そうですね。僕は経験ないですけど、CDが100万枚売れて、ビーイングさんや小室(哲哉)さんが牽引したポップスの市場はすごかったです。配信が始まる以前の90年代終盤には、宇多田(ヒカル)さんのアルバムが700万枚以上売れたり。
――『First Love』が日本のアルバムセールスの歴代1位になりました。
中西 僕自身もいい思い出がいろいろあります。憧れの小田(和正)さんと一緒にやらせていただいたり、海外のアーティストとの様々なプロジェクトやタイアップもあって。ピーボ(・ブライソン)とご一緒させていただくチャンスなんて、めったにないから絶対素敵な曲にしようと、ぜいたくな課題になりました。そういうことを起爆剤にしながら、やってこられたところはあります。
■ミレニアムに自分で考える時間が必要に
――そんな中で、サンフランシスコに渡って1年間の休業をされた時期もありました。
中西 1999年から2000年を超えて、ミレニアムを向こうで過ごしました。プライベートのこともあって事務所からも離れて、自分で考える時間を必要としていました。
――その時間でどんなことを考えたんですか?
中西 ワールドツアーに出ているようなミュージシャンたちが、帰ってきたら地元のお祭りに出て、幸せそうに音楽をやっている姿はすごく素敵に見えました。自分もそういう時間を送れたらと。ビジネスということでなく、地元や子どもたちのために音楽で貢献できたらいいなと思って日本に帰ったら、導かれたように『おかあさんといっしょ』でお仕事をするチャンスをいただきました。
■一世一代で作った「ぼよよん行進曲」
――そこで「ぼよよん行進曲」などが生まれるわけですね。
中西 その前に「ぱわわぷたいそう」という体操の曲を歌わないかとお誘いをいただき、1も2もなくイエスとお答えしました。その先に毎月の歌のコーナーに曲を書かせていただけることになって、一世一代で作ったのが「ぼよよん行進曲」です。
――子ども向けの童謡でありつつ、「どんな大変な事が起きたって」「押しつぶされそうな そんな時だって」などと、大人にも響く曲になって。
中西 僕自身、様々なことを考える状況がそれなりに長く続いて、子どもたちに言ってあげたいテーマでありつつ、自分自身もそう思うべきというところで、リアルな言葉が生まれました。何かが変わっていくタイミングで、あの曲が世に出て聴いていただくことで、実際に変わりました。
■30数年を共有した先へ行く夜になれば
――今年4月の35周年記念のビルボードライブは、タイトルが「Beyond there」。9月のかつしかシンフォニーヒルズでは「Beyond The Melodies」となりました。どんな想いが込められていますか?
中西 いろいろなワクワクの力を借りて生み出してきた楽曲たちが、30年を経た今も聴いていただいている。共有してきた時間を噛み締めながら、その先へ行こう。そんな夜になればいいな、ということですね。多くの人に聴いてもらえただけでなく、コアな皆さんが1人で長く聴いてくれた楽曲もあると思うんです。そういう楽曲も、それぞれのドラマと重ね合わせて聴いてもらいたいなと。
――ヒット曲だけに留まらないセットリストになるんですね。
中西 マニアックな楽曲も出てきます。懐かしく反応してもらえる瞬間があれば、という想いで選んだ曲が多いです。
――ストリングスも含む編成のバンドで奏でることも大きいですね。
中西 今まで一度もなかった形ですけど、これがやりたかったんだよね、という。フィラデルフィアが大好きで、生で弦まで入った編成でないとできないことを、一緒に楽しみたいです。長年の盟友の小西貴雄くんがサウンドを組み立ててくれて、アレンジのデモを聴いて、この曲がこうなるんだとビックリしながらワクワクしています。
■荒牧陽子さんの歌は半端ないうまさです
――ゲストの米倉利紀さんとはずっと親交があって、このアニバーサリーには呼びたいと?
中西 米ちゃんの周年ライブに、僕が呼んでもらったこともあって。今度はぜひ、この35周年のタイミングで、久々に「非情階段」を一緒に歌いたいなと。
――中西さんにとって、どんな存在なんですか?
中西 デビューは1年後輩で年齢はだいぶ下、弟分みたいな関係ですね。KATSUMIさんのコンサートで初めてお会いして、「何だろう、この牛若丸みたいな人は」という感じでした(笑)。レーベルメイトで当時は結構近いところに住んでいて、相談に乗ったりもしていました。
――もう1人のゲスト、荒牧陽子さんは「情熱の記憶」でデュエットした際、中西さんから声を掛けたとか。
中西 去年、僕が出演した昭和100年コンサートを荒牧さんがご覧にいらして、楽屋で初めてお会いしました。岡山の同郷ということは知っていて、その後、35周年に何かできないかという中で、一緒に歌いたいとお話しさせていただきました。
――荒牧さんのものまねに歌のうまさを感じられていたんですか?
中西 ものまねも素晴らしいし、耳がいいから歌のうまさが半端ないです。すごいポテンシャルのボーカリストだなと感じていました。今の時代感の中でラテンサウンドの曲を作って、荒牧さんだったらうまく歌ってもらえると思いました。
■どう燃え上がらせるかチャレンジします
――ビルボードライブ横浜では明るく心地良いステージが繰り広げられました。今度のかつしかはどうなりそうですか?
中西 基本的な色味はそういうところだと思いますけど、米ちゃんも荒牧さんもクールでカッコいい歌を聞かせてくれるので。僕自身も、こういう楽曲を作っているよと確認してもらいながら、お客さんをどう燃え上がらせることができるか。熱い方向でひとつのチャレンジになると思います。
――横浜でのライブ後には、ご自分が昔作った曲を今歌うのは大変、というお話をうかがいました。
中西 キーの問題はどうしてもありますけど、下げた楽曲はほぼないです。キーが高い楽曲がかなり続くと、できるのか? というところはありつつ、そこもチャレンジ。砕けても歌うぞ! という覚悟です(笑)。
――表現が変わったりはしていますか?
中西 そうでしょうね。年齢なりの余裕なのか枯れ方なのか、歌に滲み出るとは思いますけど、それもBeyondに織り込まれること。変わらない人はいないので、いろいろな経験を背負って、その瞬間に膨らませて出る音を良しとしていただけるようにしていきたいです。
■年齢を受け入れながら今できることを
――Xに「定期健診へ」との投稿もありました。体調にはより気を配られているんですか?
中西 そういう自分も受け入れながら、今できることを精いっぱい表現するのが大事かなと。かつてのようにピョンピョン跳んだりはできないかもしれない。それでも聴いている方たちを巻き込んで心踊らせることは、自分なりの表現の仕方でできると思っています。
――35周年イヤーはアニバーサリーライブ以外にも、各地でイベントに精力的に出演されています。
中西 ありがたいことに、不思議と忙しくなっている感じです。自分のスタンスはずっと変わらず、お声掛けいただいたご縁を手繰りながら、できることをやっていく。最近は被災地支援のプロジェクトも入って、楽曲を一緒に作ったり提供することも含め、積極的に取り組んでいます。
――楽曲は昔と変わらず、どんどんできていますか?
中西 昔から、曲がバンバンできて仕方ない、みたいな状態を味わったことはなくて(笑)、自分のペースで作っています。けど、『情熱の記憶』がこの時間軸でできたり、(アイドルグループの)ラフ×ラフに曲を書いたり、面白い刺激を受けながら納得のいくものを作れている実感はあって。トリガーとなる出会いは大事。そこでの熱量を曲に込めて、メロディを超えたものを残せるようにしています。
■チャリティに想いを込めて少しでも力に
――デビュー35周年はもちろん大きなことですが、先ほど出た小田和正さんだったり、40年、50年と活躍を続けるアーティストもいます。
中西 先輩方の偉大さは目標にするのすらおこがましいくらいです。僕は35年の中で悶絶しながらやってきて(笑)、これから先はどうなるか全然わかりませんけど、このスタンスでいいんだなと。まだまだ前に進む気持ちでいきます。
――横浜のライブのMCでは、「混沌とした世の中で、自分にできることで街に灯りを」とも話されていました。
中西 そう思って活動しています。能登でもできることをやろうと、この前は珠洲でのフェスに参加させてもらったり。チャリティの曲にも自分なりに想いを込めています。自ら旗を振るタイプではないですけど、自分の役割を見出しながら、少しでも力になれることをやっていこうと思います。
■Keizo Nakanishi 35th Anniversary Concert “Beyond The Melodies”開催概要
2026年9月11日(金)開場18:00 開演18:30
かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール
ゲスト/米倉利紀、荒牧陽子
ORICON NEWS(提供:オリコン)
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