八木橋ゆり監督が語る、ドラマ『女の子が抱いちゃダメですか?』の舞台裏と「普通」へのアンチテーゼ
タレメREPORT2026年3月26日6:00 PM

MBSドラマフィル枠で放送中の『女の子が抱いちゃダメですか?』。性生活というデリケートな主題を、斬新かつ繊細な心理描写で描き出す本作の指揮を執ったのは、八木橋ゆり監督。クランクアップ直後の監督に、制作の舞台裏から自身のクリエイティブの原点まで、じっくりと話を伺った。
――今作に携わることになったきっかけを教えてください。
私にお話をいただいたときは、この漫画を原作としてドラマを作っていくという企画段階でした。女性にも共感してもらえるような作品にしたいという意向から、選んでいただいたのだと思います。
私自身、これほどベッドシーン、いわゆるインティマシー・シーンが物語の主題となる作品を扱うのは初めての経験でした。企画と原作を拝見した際、「これはすごいぞ」と圧倒されたのを覚えています。これを地上波で放送するのはものすごくチャレンジングなことですが、難しさの中にそれ以上の面白さを感じた決定的な出来事がありました。
初めての顔合わせでプロデューサーにご挨拶した際、「表現としてスケートを使おうと思っています」という案を伺いました。夜の営みを何かしらのメタファーで表現するのだろうとは予想していましたが、まさか「スケート」という言葉が飛び出すとは思いもよりませんでした。「すごく面白いものを作ろうとしている人たちだ」という確信が、お引き受けする大きな後押しになりました。
――原作を読まれて、特に惹かれた部分はどこでしょうか?
多くの恋愛作品はカップルが成立するまでを主軸に置きますが、本作は「成立した後のベッドの中で何が起こり、どんな悩みを抱え、どう解決していくか」を驚くほど丁寧に描いています。通常なら朝のシーンへ飛んでしまうようなところを、包み隠さず描写している。
実際にパートナーとの性的なことで悩んでいる方は非常に多いですし、それが日常生活や人間関係にまで影を落とすことも少なくありません。そこを真正面から向き合う姿勢こそが、この作品の最大の魅力だと感じました。

© 「女の子が抱いちゃダメですか?」製作委員会・MBS © ねじがなめた/小学館
――撮影現場で、主演の高尾颯斗さんと志田こはくさんにはどのようなお話をされましたか?
最初の顔合わせで伝えたのは、この物語は2人の性生活をメインテーマに据えてはいるけれど、その根底にはもっと普遍的で意義のあるテーマが込められているということです。「人には言えない悩みを抱えた人が好きな人に打ち明け、相手の秘密も受け入れ、尊重し合いながら関係を築いていく」。その難しさはセックスに限らず、あらゆる対人関係において多くの人が共感できることだと思うのです。夜のシーンが多いからこそ、あえて2人の「心」にフォーカスしていきたいという意図をお話しし、2人も深く納得してくれました。演出面では、美月は「攻めたい」女の子、篠宮は「リードが苦手」な男の子という設定ですが、そこは日常生活と切り離して考えていいと伝えました。攻めたい女の子が普段からサバサバしているとは限りませんし、人によってスイッチは切り替わるものです。「恋人とデートしているときの自分」と「ベッドの中の自分」は別であっていい。その説明を受けて、2人は上手く役を作り上げてくれたと思います。
――実際に撮影を共にされて、お2人の演技の印象はいかがでしたか?
高尾さんは普段のカッコよくダンスを踊るイメージから、篠宮という役がどうハマるかチャレンジでしたが、結果的にこれ以上ないハマり役でした。カッコよさの中にある「ヘタかわ(ヘタレかわいい)」な魅力が爆発していましたね。ご本人も非常にポジティブで、後半の攻めた内容のシーンでも、私が演出を説明すると爆笑して「最高ですね!」と返してくれるなど、現場を楽しみながら演じてくれたことにとても助けられました。志田さんは、お会いしてすぐ、その表現力の幅広さに驚かされました。実年齢は21歳と、設定の24歳より年下ですが、大人っぽさとキュートさを絶妙に使い分けていました。何より彼女はスケートが本当にお上手で、志田さんなしではこのドラマは成立しなかったと断言できるほど、その技術に救われました。撮影が進むにつれ、高尾さんのかわいさが増してまるでヒロインのようになっていく一方で、志田さんの稀代のコメディエンヌぶりが光り、本当に素晴らしいコンビだったと思います。

© 「女の子が抱いちゃダメですか?」製作委員会・MBS © ねじがなめた/小学館

© 「女の子が抱いちゃダメですか?」製作委員会・MBS © ねじがなめた/小学館
――今作ではインティマシーコーディネーターの浅田さんが参加されていますね。
私自身、コーディネーターの方とご一緒するのは初めての経験でした。撮影前に俳優部と綿密に打ち合わせをしていただき、監督として希望を伝えたうえで、俳優が心理的・肉体的にどこまで可能かを確認してもらうという、非常に重要なお仕事をしていただきました。それ以上に発見だったのは、演出面での具体的なアドバイスです。例えばト書きに「キスをする」とあっても、具体的に何回重ねてどこまで踏み込むのか、そのとき手はどこにあるのが最も美しくセクシーに見えるか、といった非常に細かい所作を提案してくださいました。心境やセリフの言い回しは私が担当しますが、体勢の変え方や体のラインの見せ方などで専門家が入ってくださったことで、何より非常に勉強になりました。
――監督自身のキャリアについてもお聞かせください。監督を意識した原体験は何だったのでしょうか。
新卒でCM制作プロダクションに入社した当初は、将来について明確ではありませんでした。ですが、研修や先輩方の現場を通じて、多くのプロフェッショナルが関わって一つの作品が作り上げられるプロセスを知り、その中心で世界観を具体化していくディレクターという職種に強烈に惹かれたのです。監督になりたいと思ったのは、周りと比べれば遅い方だったかもしれません。

――影響を受けた作品などはあるのでしょうか?
大きな影響を受けたのは、JR東海の「クリスマス・エクスプレス」のCMです。早川和良さんが手がけられたもので、CMでありながら商品そのものを押し出すのではなく、純粋な人間ドラマだけで企業の良さを感じさせる手法に深い感銘を受けました。映画では『ショーシャンクの空に』が好きで、観終わった後も「あの2人は今どうしているだろう」と余白を想像させてくれるような作品を、自分も作りたいと常に思っています。
――今後はどのような作品を手がけてみたいですか?
最近のドラマ界は刺激の強い作品が目立ちます。もちろん、私もそのような続きが気になる作品も興味がありますが、私個人としては、オフビートで日常を淡々と描く物語にも惹かれます。去年NHKで放送されていた『ひらやすみ』や、原作がSNSで人気だった『今日のさんぽんた』のような、劇的なことは起きないけれど愛おしい日常を描いた作品が大好きなんです。安田顕さんが声を担当する犬がモノローグでしゃべる『今日のさんぽんた』の実写化を観たときは、「私が監督をやりたかった!」と悔しく思うほどでした。いつか、そんなローな温度感のドラマも手がけてみたいですね。
――最後に、ドラマ『女の子が抱いちゃダメですか?』を通して視聴者に伝えたいメッセージをお願いします。
世の中の「普通」という基準にギャップを感じることは、日本で生きていく中では恋愛に限らず多いことだと思います。ですが、悩み、もがきながら、よりよい人間関係を築こうとするプロセスそのものに、私は大きな価値を感じています。それはとても愛おしい営みなのです。
ジェンダーロールについても同様です。「男だからリードしなければ」「彼氏としてカッコよくなければ」といった固定観念に苦しんでいるのは、実は男性の方が多いのかもしれません。
このドラマが、自分の在り方に悩んでいる方にとっても、満足している方にとっても、「これでいいんだな」とすべての生き方を肯定できるきっかけになればうれしいです。誰にも他人の生き方を否定する権利はありません。自分だけでなく、この世界を丸ごと肯定してあげてほしい。そんな温かい気持ちを届けられるよう、心を込めて作ってきました。その意図が、ドラマを通して少しでも伝わることを願っています。
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MBSドラマフィル「女の子が抱いちゃダメですか?」
・テレビ神奈川:毎週木曜25:00~ 公式サイト:https://www.mbs.jp/daidame/ © 「女の子が抱いちゃダメですか?」製作委員会・MBS © ねじがなめた/小学館 |
<プロフィール>
八木橋ゆり(ヤギハシユリ)
1995年10月9日 埼玉県出身
大学卒業後より広告制作会社で制作の経験を経て、映像ディレクターとしてCMをはじめとする広告映像のプランニングやディレクションを担当。
初の短編映画『あなたが言うなら』では、Hollywood Best Indie Film Awardsなど複数の映画祭で入選・受賞し池袋シネマ・ロサなどで上映。「夫を社会的に抹殺する5つの方法 Re:venge」でテレビドラマ初監督。感情の機微や、複雑な人間関係を表現する演出を得意としている。
取材・文/山木なぎ子
撮影/日本タレント名鑑編集部





