銀シャリ橋本、結婚で“個”の感覚

#銀シャリ

エンタメNEWS2026年7月6日8:40 AM

銀シャリ・橋本直 (C)ORICON NewS inc.

 お笑いコンビ、銀シャリの橋本直が、エッセイ集『しゃシャリでてすみません』(毎日新聞出版)を発売した。日々のモヤモヤやトホホな出来事が、まるで“1人しゃべくり”が聞こえてくるような臨場感たっぷりの文章で表現されており、些細な日常の一コマでもこんなに明るく面白いものになるのかと気付かされる。銀シャリが「M-1」を優勝した翌年にはじまったという「毎日新聞」大阪版夕刊での連載を書籍化した内容。当時の心境や、漫才師としての現在地についても話を聞いた。

【写真】「まんまやん」「すげえ面影」小学生時代の銀シャリ鰻和弘

■「M-1」優勝翌年から連載「たぶん1番しんどい時期」

――橋本さんが過ごす日常がリアルに伝わる内容で、まるで“1人ツッコミ”のような文章のリズムも読みごたえがありました。「毎日新聞」大阪版夕刊で、初めての連載作品だったんですね(2017年4月8日から2023年3月13日)。

ありがとうございます、伝わって。めっちゃうれしいっす。芸能界のこと一切書いてない(笑)。しゃべり言葉すぎかなと今は思いますけど、いい意味で緩かったです。あんまり校閲も入らなくて、関西弁っぽいまま夕刊に載せていただいてたんで、それもありがたかったですね。

1エッセイ600~800文字で、今思えば大した文字数じゃないのに、ひいひい言ってた感覚はありますね。連載から9年前ですけど、ネタは古く感じないかなって。時事ネタをいじらないようにしてるんで、何年後かに読んでもおもろいなって。

――約6年続いた月イチの連載ですが、途中で書くのが嫌になったり、ちょっとつらい気持ちになったりしたことは?

やっぱ締め切りは…多少ズレてましたよ(苦笑)。鰻が僕の文章にイラストを付けるんで、鰻の時間をもらえばまだいけるとか(エッセイのテーマにちなんだイラストを相方の鰻和弘が手掛けている)。鰻に「ちょっと5日のところを2日で書いてくれへん?」とか「俺、多分もうちょっと押すな」とか言ってました(笑)。

書くことについては、(遠慮がちに)“エッセイスト”として言わせてもらいますけど…締め切りが書かしてくれるっていうのがあるんですよ。思ってることって液体の状態のままで、締め切りがなければ永遠にかたちにならない。それに、今月このネタがあるなっていう文章もいいんですけど、なんもないなあ…ってひねり出した文章のよさもあったりする。そういう意味でも、締め切りとか連載って大事やなと。ありがたいですね。だから本になったとき、めっちゃうれしかったです。

――お惣菜パックの話や目覚まし時計の話、肉を解凍する話、DVDを整理する話など、些細な出来事がとても面白く伝わりました。ネタの選定はどのように?

なんか人の日常って、こっち(本の内容)のほうが多いじゃないですか。特別な日のほうが少ないから、そっちを楽しめたら人生楽しいかなっていう。取るに足らない話が好きなのかもしれないですね。だから、オチがしっかりあるような“エピソードトーク”にならんようにしたいと思っていました。テレビでガツンと持っていくような話じゃない、でも喋りたい…みたいなイメージでしたね。

なんか生真面目な人というか。真面目に生きてる人がわかるっていうか…共感してほしいなっていう基準でやってたかもしれないです。正直ものがばかを見るみたいな世界があんま好きじゃない。普通に暮らしてても洗い物がたまってるなとか、常にストレスみたいなものってあるじゃないですか。普通に頑張って暮らしてて起きる亀裂とか、モヤっとしたところを書きたいなっていうのはあったかもしれないですね。

――連載は「M-1」を優勝した翌年から始まりましたが、お声掛けがあったのは優勝前のタイミングだったそうですね。

「何かこの人書けるかな」と思っていただいたのはありがたいですね。(連載当時は)たぶん1番しんどい時期やったんじゃないですかね。冷静に考えると、よく頑張って書いてたなと思います。今はしんどい時期から抜けましたけど、当時は「M-1」稼働もあるし、ロケもめっちゃしてたんで…。

エッセイでは、仕事のことを書きたいわけではなかったんです。めっちゃ変なこと言うと、僕じゃなくても面白いと思ってる文章がいいなと思ってます。著者が匿名でも、この人の文章なんか好きってなってくれたらうれしいなって。文章の着眼点は僕じゃないといけないと思ってほしいですけど、お笑い芸人が書くエッセイと思われたい感じで書いてはいなかったかも。脳が一瞬でも(仕事を)よぎりたくない。疲れてる時に読みたくないみたいな(笑)。

あと、夕刊が大好きだったんです。小学校とか中高生の時、新聞ってハードル高かったから夕刊から入ったんです。ちょっとカラーも多くて楽しくて。だから、そこで難しいこといらんやろと思ってました。

■「ここで一撃、勇気出しとかんと…」人生で初めて“意志を発動”

――読んでいる途中、自分の幼少期や実家のこと、家族のことなどを思い出しました。

それ、うれしいです。幼少期のエピソードって、大人になってもノスタルジックに残りますよね。エッセイを読んでいて、もちろん内容は大事ですけど、途中から(読者が)違うことを考えてくれるのがうれしいです。脳がカッパーって開いて、「私んとこも変やった、あれなんやったんや」「うちのあの習慣なんやったんや」とか。それが一番(本に)入っている状態というか。みなさんがそれぞれの日常に、カッパーって脳が開いてくれたらいいですね。

――ご実家のエピソードもあって、橋本家はこんな感じだったんだなとイメージしました。母親の話もあって、面白くてしっかりされている印象です。

変ですけどね、おかん、僕より喋るんです。もう70近いんですけど、地域の人気者ですよ。世話焼きでもあると思います。それは妹に引き継いでると思います。妹も人気者で、僕はどちらかというと“陰”寄りというか、サラリーマン芸人ですよ。(ステージに)出てバンってやって「お疲れさま」で終わり。その場で100を出してその後は0。ずっと芸人は無理です。そういう人ってすごいなって思いますね、僕は無理っす。

――家族から芸人を目指すことを反対されたことは?関西学院大学ご出身で、本でも話術(文章)が心地よく、高い語彙力と観察力が漫才やトークにつながっているんだと再認識できました。

反対はなかったですね。(芸人への道は)唯一、人生で自分の意志が発動しました。中学受験をさせられましたが、それも町の小さな学習塾から、成績がいいからここに置いとくにはもったいないと言われちゃって、おかんに火がついたんです。流されるままやってるだけでしたけど、結果楽しかったです。男子校も向いてました。

就活の時、エントリーシートの長所のところで止まったんですよね、ないな…って。エスカレーターのあかんとこですよね、のんびりしすぎちゃう。芸人やりたいなとはちょっと思ってましたけど、ここでやらんかったらもう一生自分で決めることはないまま終わるなと思って。それで、ほんまに電車のレールガシャンってやった感じです。無理やったら戻る可能性も考えてたわけです。

当時は就職氷河期で、終身雇用崩壊とかの時代だったんです。(就活に)一撃で受かっても、会社倒産するとかあるんやってなったら、時代が背中押してくれたっていうか。「別に会社、安泰ちゃうんや。じゃあ別のこと1回やっとこうか」みたいな感じでした。

あとは宝くじを買うのと一緒で、芸人をやったら売れる可能性は0.001パーだけど、いかなかったら0。テレビが大好きやったんで、例えば会社員として別の仕事についた時に、テレビに出てる人を見て嫉妬心とか「やっとけばな」ってなるのを「いや、あん時やってたからな」って逃げ道として口実で使おうと思ってたんです。(可能性を)消して、やったけど無理やったっていう事実が欲しかったんですよ。ここで一撃、勇気出しとかんと一生変なことなるなっていう。

それで養成所の試験を受けて合格通知のハガキが届いてから、高1の頃に親父が早く死んでるんで(母親に)「こんなんやりたいやけど」って。(入学金が)40万ぐらいしたと思うんですけど、「これ受かったからちょっと金貸してくれ」って。母親の条件は、大学だけ出てくれってそれだけ。後のあなたの人生は自由ですって言われたから、40万円を「後で返します」って貸してもらったんです。

この前、親父が生きてたらどうやった?って聞いたんですよ。そしたら「100パー無理」って。親父は銀行員で、おかんも銀行で働いてたかな、元々職場結婚。親父は落語とか映画とか好きですけど、息子が芸人みたいなんは多分無理。いや…それも、説得すればいけたと僕は思うんですけどね。おかんは寛容なんで、全然怒られるとかダメとかなかったですね。

■結婚すると「1人やったらはっきりしない自意識が…」

――先日『M-1グランプリ2026』開催が発表されました。芸人の活動は多様化していてお笑いの表現もどんどん広がっていますが、この状況をどうご覧になっていますか。

僕、やっぱりテレビが大好きで、テレビの世界に入りたいと思ったんで…なんていうのかな、時代を追いすぎないというか。クラシカルな芸人でいたいなっていう感覚があります。古典的な芸人というか。TikTokやりたいとか思わないんで、みんな働くなーと。単独ライブと漫才とテレビ呼んでもらったら、もうそれで結構満足というか。めっちゃ仕事したいとかそこまでないんで…。

最初は仕事したいとかありましたけど、今はもう…これ年取ってきたんですかね。でもやっぱ、楽しくてワクワクする仕事をたくさんしたいなってのはあります。

――現在、全国11都市13会場を回る単独ライブツアー中です。M-1優勝して約10年、コンビを組んで21年目。新しいネタでステージに立ち続けることもすごいです。

若手の頃はネタ作るのしんどかったけど、なんか1番好きな“おもちゃ”みたいな感じです。漫才してる時が1番楽しい。それで遊んでる時が1番楽しい。そうなるとは思わなかったですけど、今1番おもろくて楽しいです。今1番、状態もいいと思います。油が乗ってる。

漫才が好きすぎて、人のライブを「FANY」(配信)とかで買うんです。面白いんですけど、やっぱツボみたいのあるじゃないですか。その全部を網羅してくれるネタがないので、自分で好きなおもちゃを作るしかないって感じ。舌に合うものを自分がシェフになって作るみたいな…、やっぱ自分の漫才が1番好きやから。

これ、ネタにいけそうやなと考えるのがライフワークですね。漫才のテーマみたいなのが思い浮かんだ時、1番楽しいです。あとエッセイを書いてる時は、テーマ選びに多少の“隙間”がないと…仕事しすぎると入ってこないんですよね。声帯ポリープを手術で切って、2週間ぐらい休んでたんですけど、その時に脳がカッパーって開いてたので(アイデアが)入ってきすぎてもうメモが止まらなかった。でも日常に戻って仕事をしすぎると、閉ざしてきてそこが粘着質になってくるんです。

穏やかな日々で余裕がないと、入ってこないんですね。仕事のことしか考えることがないと、入ってこない。忙しすぎると(脳が)閉じちゃうんですよ。目の前の仕事ばっかりになると、おもろいことに気づかないですね。その延長線上でこれネタやな、これはトークやな、これエッセイやなと。この根幹がなくなったら、多分漫才師としても厳しい。基本そのペースという感じです。

――穏やかな日々を大切にしたいということですが、結婚をしてから約3年が経ちます。変わった意識や感覚はありますか?

(日常は)濃いですね、結婚すると1人だけじゃなくなるから、より日常に強制的に戻されるっていうのもあるんで。あとはなんて言うんすか…自意識とか…より濃くなるんすよ。1人やったらはっきりしない自意識が、結婚すると「なんでこんなことを要求してきたんやろ、今」とか、「今日機嫌悪いな」とか。「今日はちょっと家出てた方がいいか、喫茶店で作業しよう」とか。より“個”がしっかり浮かび上がるんですよね(笑)。だから書くことが増える感じです。あと、自分で行かないところも強制的に連れ出される。そういう場所っておもろいですよね。

――例えば最近、“個”がしっかり浮かび上がったエピソードはありますか?

声帯ポリープを切って、術後2週間くらいは刺激物を食べたらダメって。カレーとかコーヒーとか炭酸水とかもなし。で、蕎麦を食べに行ったんですよ。濃い味が欲しくなってカレー南蛮を頼みたかったんですけど、さすがに怒られるなと思って。でも、カレー南蛮の“つけ蕎麦バージョン”があったんですよ、小っちゃいカレー南蛮につけて食べるみたいな。それくらいならいいかなと思って「カレーのこれ」って言ったんですけど、妻からカレーはあかんって言われて。で、“カモつけ蕎麦”にしたんですよ。でも妻はカレーつけ蕎麦頼むんすよ。「いや、お前頼むんかい!」と思って…(苦笑)。俺つけ蕎麦で我慢したのにカレーの匂いが…俺カレー無理って言っといて、自分はカレー食うんやっ…ていう。人が食ってるカレーが1番うまそうなんですよ、匂い的に。いや、そしたらお前も食うなよって(笑)。ちょっとがまんしてよ今は、って思いましたね。だからそういうのも書けるなって。

ポリープ手術しても書くことはあるんで、メモはしてるんですよ。エッセイ用の。エッセイに関しては。生きてる限り永遠に書けますよね。ただ仕上げないっすよね、締め切りがない(笑)。これが問題なんです。

■エッセイ集『しゃシャリでてすみません』(毎日新聞出版)
毎日新聞の大阪版夕刊で連載されていた「銀シャリのしゃシャリでてすみません」(2017年4月8日から2023年3月13日)の連載原稿60本に加筆し、さらに本書のために新たな書き下ろし8本が追加で収録されている。文章を橋本が執筆し、イラストを相方の鰻和弘が手掛けた。

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